シンガポールに来てほぼ4ヶ月となりました。あわただしく、出張を繰り返しながらも、住居を借り、子供たちの学校もスタートし、夏休みに入り一息ついた所です。今日は、私の住んでいる家のすぐ近くに歴史的なスポットがあることを発見したのでご紹介します。現在の住まいは、シンガポールのWest CoastのPasir Panjang地区で Kent Ridge Parkに隣接する丘の上にあります。このKentridge Park内にReflections at Bukit Chanduというシンガポールが日本軍から侵攻をうけて、最後の砦となった歴史的建造物が、記念館として保存されています。(あまり日本のガイドブックには持っていないかもしれません。少なくとも地球の歩き方には紹介されていません)
我が家からほんの直線距離で50−60mというところですが、最近まで、この記念館の存在を知らず、つい先週末にKentridge Parkを散歩したついでに拝観しました。



ケントリッジパーク 最後の砦となった丘から 戦争記念館
この記念館は、太平洋戦争によって、日本軍がそれまでイギリスの植民地であったマラヤ(今のマレーシア)とその首都シンガポールを占領し、イギリス軍が降伏するまでの歴史的事実を客観的に伝えています。1階には、マラヤを統治していた英国が、第一次大戦後資金難に陥り、日本軍が必ずマライに侵略して来る(錫やゴムなどの資源獲得を目的に)事がわかりながらも手が打てずにいた情勢(一方で鉄道、道路などのインフラ整備を行っており、結果的に日本軍の侵略を助けることになってしまった事実)や、1941年12月8日の真珠湾攻撃の50分前に、日本帝国陸軍の精鋭部隊第5師団が、タイの国境からマライ半島の北東のKota Baruに侵攻を始め、約55日間でジョホールバルまで到達し、1942年2月8日にシンガポール侵攻が開始され、2月14日に最後の砦となったこの記念館Bukit Cahnduでマレー抵抗戦線部隊が全滅し、翌日日本軍がPasir Panjang Roadを行進するまでの過程が、ビデオなどを用いて説明しています。マレーの虎と異名をもつ山下隊長の銅像なども展示されています。



1Fの展示品 山下隊長銅像 日本軍の侵略ルートの解説
2階は、一転、日本軍に対して果敢に抗戦したマレー兵や日本軍の攻撃の凄まじさや犠牲となった一般市民の事実をかなり迫力のあるシアターで伝えています。
日本軍がおこなった処刑や、蛮行も伝えていますが、中国やフィリピンなどの戦争記念館で展示されている物と比べるとかなり内容的にはソフトなものです。
シンガポールにとって、1945年までの3年間の日本占領の歴史は、当然良い物であるはずがないのですが、意外にも冷静なので驚かされます。ある意味、本来国を守るべき英国軍や同盟国オーストラリア軍があっさり敗北してしまったことに対する批判もあるのでしょうか?最後まで戦ったマレー兵士はほとんど実戦経験のない寄せ集め軍団だったようで、日本の精鋭部隊にかなうはずもないという気がします。
などという推測もしまがら、小1時間過ごして思ったのですが、アジア諸国では日本の歴史教科書が問題になります。海外旅行をする際、特にアジア諸国に行くと、かならず太平洋戦争の歴史記念館があります。我々日本人は日本側からしか語られない日本の歴史を、海外に来て戦場となった現地の歴史記念館などを訪れ、子供に説明してあげることが必要だと思います。「その国がどう言う風に太平洋戦争を見て来たか?」
シンガポールというとマーライオンを見て、ナイトサファリやユニバーサルスタジオで遊び、マリーナベイサンズでカジノに興じるというのが、最近のツアーの定番ですが、たまにはこのような記念館も見ながら公園を散策するというのもいかがでしょうか。
それにても、日本軍がシンガポールを侵略した最後の砦のすぐ裏に我が家が今あるというのはなかなか不思議な感覚です。



記念館から我が家が見える 記念館からの眺め 自宅(奥に見えるのが記念館)
19日付のマレーシア紙ニュー・ストレーツ・タイムズ(経済4面)は、インドネシアの中央銀行が、新たに金融機関の外資規制に乗り出すことを検討していることを報じました。この規制が実施されれば、マレーシア最大規模のCIMBグループやメイバンクなどのインドネシアに進出している銀行に大きなインパクトを与えることは間違いないでしょう。
CIMBグループはインドネシアのCIMBニアガに約97%、メイバンクはバンク・インターナショナル・イン ドネシア(BII)に95%を出資しているため、それぞれインドネシア子会社の株式の一部を処分する ことが必要になり 収益への影響が懸念されます。たとえば、CIMBグループの今年第1四半期の税引き前利益の27.2%は インドネシア小会社からの収益が寄与しているようです。 インドネシアの中央銀行は先に、外資の保有比率を50%未満に制限することを検討してい ると明らかにしています。(つまり、外資の出資上限は現在の99.9%から50%未満になる可能性があるわけです。)
ただし、こういう外資への開放に逆行する規制は、海外投資家から相当の反感を買う可能性が大きく、すぐに実施されるかどうかについては、見方が分かれています。インドネシア株式市場への影響も考えられ、実施までは紆余曲折がありそうです。
中国なども、政策がころころ変わるため、海外の投資家から政策変更リスクが指摘されます。インドネシアも海外不動産が外国人に解放される(現在は賃借権25年以降更新して70年が最大ですが、今後所有権を解放するという見方がありました)というような報道も昨年はありましたが、未だ実施の目処はたっておらず、どうもまだ国の方針が見えない、あるいは急速に変わるという新興国リスクがあることだけは事実のようです。
また、19日付のインドネシア紙インベスター・デーリーによると、首都ジャカルタの外国人向け 賃貸住宅の賃料が上がっているようです。ルピア高ドル安の影響ともあるようですが、年初以降の半年間で、戸建ては月額約100~200ドル、アパートも約6%上昇している。 外国人向けの住宅は南ジャカルタのクバヨランバル、ポンドックインダ、クマン、チプテなどに多いのですが、ただ、ク マンやチプテなどに住む外国人は、付近のアンタサリ-ブロックM間の高架道路の建設工事に伴う交通渋滞 を避けるため、中心業務地区(CBD)や娯楽施設、学校に近いクバヨランバルやポンドックインダへ移っている模様です。とにかく、ジャカルタの交通渋滞はまさに世界一と言われ、今後この渋滞が解消する目処はたっておらず、経済の成長にも大きな影響をあたえると見られています。不動産の上昇は、人口増加、経済成長、インフラ整備と常日頃セミナーなどで申し上げていますが、インフラ整備が遅れると、渋滞をさけるため、CBDの物件の賃料、および価格が上がる(逆にこれまでの外人居住区の賃料や価格が下落する)などの影響もでてきます。発展途上国の不動産投資は都市計画の進捗情況とスピード感を的確に読む必要がありますので、単に経済が成長しているというだけでの判断は禁物です。
最近、よくセミナーや、ホームページの問い合わせに、ジョホールバルの投資を検討していますが、おすすめの物件はありますか?視察ツアーはありませんか?というお問い合わせを受けます。
だからという訳ではないのですが、シンガポールに移住してからはじめて、昨日、日帰りでジョホールバルに行って来ました。
イスカンダル計画の目玉であるヌサジャヤのMedini地区は噂通りすごいことになっています。
なにがすごいって、全くの原野に無理矢理(失礼、そのように見えるので)道路をひいて政府(Kota Iskandal)の建物を建て、アジア初進出のレゴランドや海外から誘致した大学やインターナショナルスクールのボーディングスクールの建設が既に始まっています。
計画を見せられると確かに金融センターがはいっていて、教育、ウエルネス、商業、住宅があるので、すばらしいのですが現場に行ってみると、まだ見渡す限り原野。どことなく、雰囲気は90年代半ばの蘇州工業団地の造成がはじまったころか?


ふと、15年くらい前に上海浦東の東方明珠に登って、何もない造成地を見渡した時に、『本当に、ここに金融センターができるの?』という感想をもった時以来の衝撃です。
一方、あの頃、浦東でそういう絵をみせられ投資した日本人投資家の物件の処理(ほぼ半値で処理)をしたのも昨日のことのように覚えています。上海の場合は、その時点(90年の後半)で投資した方々は、なにせ早すぎたのです。
メディニ地区と、あの時の浦東と何が違うか考えてみました。浦東は94年当時は人も住んでおり、交通インフラができていましたが、ここは現在人が全く住んでいない全くの原野でスタートするということ。アクセスが今のところ高速道路だけ、(つまりアクセスは車)、ゴルフ場の立地に金融センターを作ろうというコンセプトです。また、推進する母体が中国(上海)とマレーシア(ジョホール)だということ。
クアラルンプール郊外にサイバージャヤという90年代マレーシア政府が鳴り物入りで建設したITパークと同じようにならなければ良いが。(どうも原野に大きな絵を描いてプロジェクトを行うやり方は今までマレーシアはあまりうまくいていないようです)とはいえ、おそらく、15年から20年のスパンでは、すごいことになる予感は確かにあります。(浦東は、開発開始から10年過ぎてから本格的に加速度がつきました。)
日本の投資家を最近話題のJBにご案内すると、クアラルンプール(KL)と比較して、JBがなぜここまで今まで発展していなかったことに皆さん驚かれます。
実際に、この地域格差は数字に表れています。
マレーシアの国民一人当たりにGDPは,約8,000ドルです。これが、KLになると17,000ドル、ジョホールは6,600ドルとKLの4割程度です。
また、この10年間のマレーシア内での不動産価格の推移をみても、10年間で毎年数パーセントずつ上昇しているKLやペナンにくらべ、JBの価格がほとんど上昇していないのがわかります。つまり今後のポテンシャルは大きいということは言えますが、一方なぜ上がらなかったかということも冷静に分析しなければなりません。

雇用が少なく、所得の低い層が多く、治安も悪いというイメージを払拭するため、まったく未開発の広大な土地で外国資本を誘致して壮大な町おこしをやろうというのがまさにイスカンダル計画のようです。
スケールには驚かされるのですが、箱物ができると何とかなってしまう中国のように本当に何とかなってしまうのか?
中国であれだけ箱物から入る開発をみせられてきた私でも、うなりたくなるスケールです。本当にこんなに投資がはいっても需要があるのか?
メディニ地区で最初に分譲マンションを販売しているデベロッパーの幹部にこの点を聞いてみましたら、以下のような回答が返って来ました。
『賃貸需要は問題ない。今のところ、ヌサジャヤではこのプロジェクトが最初の住宅なので、ヌサジャヤ地区での各プロジェクト関係者の住宅需要が見込めるからだ。』
なるほど、マカオでも同じ質問をしたが、全く同じ回答が返って来たのを思い出しました。プロジェクトを立ち上げると、宿泊、住宅、商業、娯楽、オフィスが必要になる。その通りだが、供給が需要を作り出すという理屈でどこも一斉に投資しているようだ。少なくとも今現在のインフラでは、現在のJBの住民が移り住んで来るには相当の時間がかかる、ならば外国人やシンガポール人が移り住んで来るという需要が創造されなければならない。
ある意味ドバイに通じるものを感じます。金が続いて、資金が入り続ければ、成長し続けるマーケット。供給サイドの理屈が先行する市場。実需からは、どこかかけ離れているような危うさがありますが、発展途上国はそのくらいのスケール感とスピードが必要であるともいえます。
どこまで海外投資家が支えられるのか?マレーシアの国策ファンドカザナインターナショナル傘下のイスカンダルインベストメントは投資企業とのJVで入りますが、ほとんど、国内、国外のデベロッパーや事業会社の資金頼みであるのは事実です。
ただ、ファイナンシャルセンターというコンセプトは理解できるが、このJBの山の中にいったいどうしたら、ファイナンシャルセンターができるのか?ここは本当に疑問です。KLがイスラム金融のハブにするという国際はわかるのですが、ジョホールのファイナンシャルセンターは、KLの補完なのかあるいはシンガポールのバックアップとして機能させるつもりなのか?(香港とシンセンの関係?)香港とシンセンは同じ国だが、シンガポールとマレーシアは隣接していると言っても所詮別の国。この辺の整理がまだできていない印象が拭えません。
ファイナンシャルセンターという名前のビルは建つとは思いますが。(中国ではそこら中にあります)
あの上海でもファイナンシャルセンターと呼べるのは建物だけで中身はまだまだ整っていない(特に人材の問題)のが現状です。
想像力の乏しい私の現時点での率直な感想です。
ただし、少なくとも最近のニュースで見れば、シンガポールのテマセクがカザナインターナショナルとMedini地区で合弁プロジェクトを合意しています。長年微妙な関係が続いていたシンガポールとマレーシアの国家間の懸案事項(マレー鉄道敷地の返還)の見返りの一つとして、はじまった合弁事業も、2国間の政治関係が好転した象徴としても特筆すべき出来事です。少なくともシンガポール政府のコミットが入ったというのは大変心強いニュースです。
今後、今話題のJBについて、現在はたしてどのような投資対象があるのか?
おいおい個別の住宅プロジェクトを取り上げて行きたいと思います。(続く)
