27日の夜11時45分発のシンガポール航空(SQ)でロンドンに28日朝5時50分に到着しました。なんと14時間のノンストップフライトでしたが、SQは、フルフラットで個室感覚でしたので、フルに7時間は熟睡できましたので、意外に早く着いたというイメージです。
さて、昨年10月以来のロンドン不動産視察ツアーが明日から始まりますので、1日早く入りましたが、タワーブリッッジ近くのロンドン市庁舎(巨匠ノーマンフォスターデザインの近代的な建物)に隣接するStasia UKのオフィスからランチのために出たところ、テムズ川にそって、ロンドンオリンピックのプレイベントが行われていました。テムズ川に浮かんだ巨大な五輪のオブジェを載せた船がゆっくりとタワーブリッッジから西に向かう中、音楽隊の演奏などが行われていました。その中で、ロンドン市長、ボリス・ジョンソン氏が報道陣に囲まれてインタビューを受けている場面に遭遇しました。ジョンソン市長は、2008年に前労働党のリビングストン氏を破った保守党の若手で、キャメロン首相とはオックスフォード大で親友。一方、何かと失言が多い市長としても有名で、昨年の夏の暴動事件中でも、家族との夏休みを中止しなかったという逸話の持ち主。在任中の最大のイベントであるロンドンオリンピックの指揮にも注目が集まることでしょう。
今日のロンドンは、朝から気温が10度以上もあり、シンガポールから来て、寒さを覚悟していましたが、拍子抜けの穏やかな1日でした。

インタビューに答えるボリス・ジョンソン ロンドン市長

市庁舎横を通り過ぎる五輪のオブジェの輸送船

今日のタワーブリッッジ

今日のシティー(おなじみガーキンもノーマンフォスターのデザインで有名)
ユーロ危機をはじめ、世界の金融マーケットが不透明感を増している中、世界の投資マネーがやはり現物資産に向かっています。シンガポールの昨今の新聞を見ていると、特に海外不動産に向かっているという記事が散見されます。
9月15日のBusiness Timesによると、第3Qに入り、オーストラリアのオフイスに海外からの投資マネーが入っているようです。理由は、まさに危険回避です。米ドル、ユーロ資産から他の通貨、特に経済が成長している国へのシフトです。
ここ数年で、ユーロ以外は軒並みドルに対して強くなっていますが、豪ドルもその一つです。購買力平価でみるとかなり高い水準で、これ以上の買い進みはやや危険な感じはしますが、資源通貨として相変わらずの人気です。
また特に最近は、好調な経済を反映して、プライムオフィスの空室率が低く、利回りが6%以上確保でき、かつ通貨が強いということでリスク回避資産として海外投資家が購入しているようです。
記事によると、今年のはじめ第1Qは海外投資家の取引価格での比率は、わずか4%だったのが、第2Qには34%、第3Qは48%と急速に伸びています。オーストラリアのオフィス投資家は、歴史的には60%が国内のREITでしたが、現在はおもにオフショアからの年金やグローバル不動産ファンドなどの機関投資家が買いに来ているようです。海外の投資家の国別で言うとシンガポール籍が50%以上を占めているようですが、ファンドの会社がシンガポール籍であって、資金は世界中から来ているようです。
また、9月27日付けのBusiness Timesでは、ユーロ危機に関連してやはりロンドンの高級コンドに海外資金が入っているようです。
ご存知、8月に若者による暴動があり、上昇率は前月よりもさがったものの、9月には明らかに取引が増えており、昨年9月から11.4%の上昇を記録しており、ついに2008年3月に記録したそれ以前のピーク水準を4.5%上回ったようです。理由は、2008年からのポンド安もそろそろ底打ちとの見方とユーロの崩壊を予測しての危険回避としてのポンドへのシフトです。その中で現物資産をしてロンドン不動産が選ばれているとのこと。特に最近はロシアの富豪の購入が多いようで、来年に控えた大統領選挙など国内の不透明感もありリスク回避と言う見方が紹介されています。またユーロ圏の中では、フランスの投資家も増えているようで、ユーロ資産からの逃避と言われています。
私のセミナーやこのブログでも何度もロンドン不動産については、強気の見通しを述べてきましたが、現実の物となっています。ちなみに来週金曜日からロンドンに入ります。ロンドン、スペインの不動産を視察する今年第2回のツアーです。今回は10名以上の日本からのお客様とヨーロッパ在住の日本人の方が何名か参加されます。
また、明日からはまたマレーシアKLおよびシンガポール不動産の視察ツアーが始まります。アジア通貨が急落している中、シンガポールドルは60円を切り、リンギも対円で24円台をつけています。まさに千載一隅のチャンスです。この1年ドルに対して一方的にあげてきたシンガポールドルと、マレーシアリンギットが、ようやく調整している今がチャンスです。スイスフランや金も調整し始めたことから、有事のドルということで、また米ドルに回帰する可能性もできました。年末にかけて円安に向かう可能性も出てきましたので、日本人にとって、海外不動産へむかうラストチャンスだと思います。(昨年から言い続けていますが、為替の見通しほど当てにならない物はないですね。)
10月16日にヨーロッパから東京に入りますが、その日の夜に海外不動産投資座談会を開きます。ヨーロッパやマレーシア、シンガポールなどの最近の状況などもお話しできると思いますし、時差ぼけと戦いながら、フランクに皆様と情報交換したいと思いますので、お時間がある方はサイトから申し込んでください。
シンガポールに来てほぼ4ヶ月となりました。あわただしく、出張を繰り返しながらも、住居を借り、子供たちの学校もスタートし、夏休みに入り一息ついた所です。今日は、私の住んでいる家のすぐ近くに歴史的なスポットがあることを発見したのでご紹介します。現在の住まいは、シンガポールのWest CoastのPasir Panjang地区で Kent Ridge Parkに隣接する丘の上にあります。このKentridge Park内にReflections at Bukit Chanduというシンガポールが日本軍から侵攻をうけて、最後の砦となった歴史的建造物が、記念館として保存されています。(あまり日本のガイドブックには持っていないかもしれません。少なくとも地球の歩き方には紹介されていません)
我が家からほんの直線距離で50−60mというところですが、最近まで、この記念館の存在を知らず、つい先週末にKentridge Parkを散歩したついでに拝観しました。



ケントリッジパーク 最後の砦となった丘から 戦争記念館
この記念館は、太平洋戦争によって、日本軍がそれまでイギリスの植民地であったマラヤ(今のマレーシア)とその首都シンガポールを占領し、イギリス軍が降伏するまでの歴史的事実を客観的に伝えています。1階には、マラヤを統治していた英国が、第一次大戦後資金難に陥り、日本軍が必ずマライに侵略して来る(錫やゴムなどの資源獲得を目的に)事がわかりながらも手が打てずにいた情勢(一方で鉄道、道路などのインフラ整備を行っており、結果的に日本軍の侵略を助けることになってしまった事実)や、1941年12月8日の真珠湾攻撃の50分前に、日本帝国陸軍の精鋭部隊第5師団が、タイの国境からマライ半島の北東のKota Baruに侵攻を始め、約55日間でジョホールバルまで到達し、1942年2月8日にシンガポール侵攻が開始され、2月14日に最後の砦となったこの記念館Bukit Cahnduでマレー抵抗戦線部隊が全滅し、翌日日本軍がPasir Panjang Roadを行進するまでの過程が、ビデオなどを用いて説明しています。マレーの虎と異名をもつ山下隊長の銅像なども展示されています。



1Fの展示品 山下隊長銅像 日本軍の侵略ルートの解説
2階は、一転、日本軍に対して果敢に抗戦したマレー兵や日本軍の攻撃の凄まじさや犠牲となった一般市民の事実をかなり迫力のあるシアターで伝えています。
日本軍がおこなった処刑や、蛮行も伝えていますが、中国やフィリピンなどの戦争記念館で展示されている物と比べるとかなり内容的にはソフトなものです。
シンガポールにとって、1945年までの3年間の日本占領の歴史は、当然良い物であるはずがないのですが、意外にも冷静なので驚かされます。ある意味、本来国を守るべき英国軍や同盟国オーストラリア軍があっさり敗北してしまったことに対する批判もあるのでしょうか?最後まで戦ったマレー兵士はほとんど実戦経験のない寄せ集め軍団だったようで、日本の精鋭部隊にかなうはずもないという気がします。
などという推測もしまがら、小1時間過ごして思ったのですが、アジア諸国では日本の歴史教科書が問題になります。海外旅行をする際、特にアジア諸国に行くと、かならず太平洋戦争の歴史記念館があります。我々日本人は日本側からしか語られない日本の歴史を、海外に来て戦場となった現地の歴史記念館などを訪れ、子供に説明してあげることが必要だと思います。「その国がどう言う風に太平洋戦争を見て来たか?」
シンガポールというとマーライオンを見て、ナイトサファリやユニバーサルスタジオで遊び、マリーナベイサンズでカジノに興じるというのが、最近のツアーの定番ですが、たまにはこのような記念館も見ながら公園を散策するというのもいかがでしょうか。
それにても、日本軍がシンガポールを侵略した最後の砦のすぐ裏に我が家が今あるというのはなかなか不思議な感覚です。



記念館から我が家が見える 記念館からの眺め 自宅(奥に見えるのが記念館)
